地獄の生活

なんもやる気が起きないんだけど、どうしたら良いですか?

季節の変わり目って、なんだかテンションが下がる。

そんなことないですか?

私は、季節の変わり目でかなりテンションに差を感じる方です。

特に、冬の入り口がキツい。

秋が深まる今日この頃、結構キツい日々を送っております。

こんな時は、思い切って死について考えてみましょう。

というわけで、今回のテーマがこちら。

誰でも心の浮き沈みはあります。

それなりの社会経験があれば、なんとか沈みながらも周りに合わせることが可能、そう思われるでしょうけれど。

私はそれが不可能なレベルで沈んでしまうのです。

頑張れと言われても、もう頑張ってる。

それでもアガラナイんです。

こうなると、周りが敵に見えてきてしまう。

自分以外、すべて敵。

こうなると、声をかけてくれる人まで憎らしく思えてきてしまう。

そんなことない、ってわかっているのに。

そうなったらもう悪循環です。

当たり散らす訳にもいかないから、自閉と自己嫌悪で死にたくなる。

この記事を読んでくれているあなたも、そんな状態に陥ったことはないでしょうか?

私の場合、季節の変わり目、特に冬への移行時期が辛くてしゃあない。

そこでこれですよ。

死生観の見直し。

死にたくなったら、とりあえず落ち着いて死を見つめ直そう。

すると、心が軽くなる。気がする。というわけで、オススメです。

自分にとって死とは何か?

色々な答えがあると思います。

参考までに私の死生観を少し紹介します。

私は、死とは肉体の死と捉えています。

人間の肉体は、せいぜい70年かそこらで寿命を迎えます。

なら、自分から死を選ぶほどでもない。どうせ死ぬのだから。

適当に生きよう。

そのうち悪いことも良いこともあるだろうけれど。

それでもほっといても勝手に死ぬんだから。

死んだらその先はわからない。

でも、その「死後」という最大の謎は、まさに「最後の楽しみ」にとっておこう。

そう思って生きています。

死って誰にも解き明かせない、自分だけの謎だと思うんですよね。

そう考えたら、「死」だけはとっておきたくならないですか?

永遠の命も、不老不死もごめんだけれど。だってそれは辛すぎるから。

でも、「死んだらどうなるか?」だけは楽しみ。

無なのか?

魂が存在するのか?

それを考えると、ちょっとワクワクする。

危険思想かも知れませんねw

私の死生観はこんな感じです。

「どうせ死ぬし、自死を選ぶまでもない。死は最後の楽しみ。」

皆様はどうでしょう?

聞いてみたいなぁ…

ところで。

小さい頃は「不老不死」や「永遠の命」に憧れたもんですが。

あの頃は幸せだったんでしょうねw

20年くらいたったら「死」が楽しみになっているなんて。

人生わからないものです。

以上です。

そういえば、この本を最近読みました。

そのものド直球な表題なんですが。

哲学の入門書としては、割と読みやすいかと思います。読みにくい点としては、前提条件の確認がしつこいくらい?

読んで頂き、ありがとうございました!感想などコメントいただけると嬉しいです!

過去に書いた死生観関連記事はこちら。

今見返すと、アレだからこんど見返そうかな…

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